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大阪高等裁判所 平成7年(ネ)2065号 判決

平成七年(ワ)第二〇六五号事件控訴人

・第二〇六六号事件被控訴人(以下「一審原告」という。)

村木一夫

村木清子

高橋真知

磯田トシ子

右四名訴訟代理人弁護士

加藤清和

丸橋茂

宇賀神徹

国府泰道

平成七年(ネ)第二〇六五号事件被控訴人

・第二〇六六号事件控訴人(以下「一審被告」という。)

明治生命保険相互会社

右代表者代表取締役

波多健治郎

右訴訟代理人弁護士

井上隆晴

青本悦男

細見孝二

主文

一  一審原告らの控訴を棄却する。

二  一審被告の控訴に基づき、原判決中、一審被告敗訴の部分を取り消す。

三  右取消部分にかかる一審原告らの主位的請求及び予備的請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも一審原告らの負担とする。

事実及び争点

第一 控訴の趣旨

一 平成七年(ネ)第二〇六五号事件(一審原告ら)

1 原判決中、一審原告ら敗訴の部分を取り消す。

2 (主位的請求)

一審被告は、一審原告村木一夫に対し、金一一万四三三〇円、同村木清子に対し、金二二万八四六七円、同高橋真知に対し、金二一万四一九七円、同磯田トシ子に対し、金二五万二一一七円、並びにこれらに対するそれぞれ昭和六二年三月一日、同年一〇月一日、同日及び昭和六三年三月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 (予備的請求)

一審被告は、一審原告村木一夫に対し、金一一万四三三〇円、同村木清子に対し、金二二万八四六七円、同高橋真知に対し、金二一万四一九七円、同磯田トシ子に対し、金二五万二一一七円並びにこれらに対する平成六年一月一九日から各支払済みまで年五分の割合による金貝を支払え。

4 仮執行宣言。

二 平成七年(ネ)第二〇六六号事件(一審被告)

1 原判決中、一審被告敗訴の部分を取り消す。

2 右取消部分にかかる一審原告らの請求を棄却する。

第二 事案の概要

一 本件事案の概要は、以下に訂正付加し、二、三に付加するほか、原判決事実第二当事者の主張のとおりであるから、ここに引用する。

1 原判決中「別紙一覧表」とあるのを「別紙保険目録(当判決添付)」と改め、原判決五頁一一行目「(一)ないし(四)の」の次に「各(1)ないし(8)の内容の」を加える。

2 原判決事実第二の一6を次のとおり改める。

「よって、一審原告一夫、同清子、同真知及び同磯田は、一審被告に対し、主位的に不法行為に基づきそれぞれ右損害額である五四万五四四三円、六七万二一二七円、六四万二〇三〇円及び八七万四四五八円並びにこれらに対する各不法行為の日(保険契約締結の日)であるそれぞれ昭和六二年三月一日、同年一〇月一日、同日及び昭和六三年三月一日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的に債務不履行に基づき、それぞれ右損害額である五四万五四四三円、六七万二一二七円、六四万二〇三〇円及び八七万四四五八円並びにこれらに対する訴状送達日である平成六年一月一九日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

なお、一審原告らは、当初の請求につき、当審において右のとおり減縮した。

そうして、一審原告らは、右損害金額のうち原判決で認容された金額を越える金額である控訴の趣旨記載の各金額につき、当審でさらに認容の判決を求めるものである。」

二 一審原告らの当審における主張

1 不法行為又は債務不履行責任についての補充

本件保険は、運用実績如何によっては、保険金額が基本保険金額を下回ったり、解約返戻金額が払込保険料を下回ることがありうる危険性の高い特殊な保険商品である。解約返戻金額等には最低保証がない。但し、死亡保険金の額については、契約時に定めた基本保険金額が最低保証されている。

したがって、被控訴人は、契約締結の際、このことを、顧客の理解が得られるまで十分告知説明し、理解を得たことを確認したうえで、契約を締結すべき信義則上の義務を負う。

2 過失相殺について

過失相殺は、一審被告の主張がないので、これを取り上げることは弁論主義に違反する。

また、本件保険勧誘の際、設計書、約款等の文書が渡されたかどうかにかかわらず、一審原告らは、変額保険について、的確な情報を与えられていたとは言えず、更に説明を求めるのは無理であったから、自己責任の原則は本件には妥当しない。契約後、損害拡大を防止するため、解約するかどうかの判断も変額保険の性質上極めて難しい。したがって、本件で、過失相殺をするのは不当である。

3 損害について

一審原告らは、本件保険を解約していないとしても、解約返戻金が毎日変動しても、解約返戻金を取得する地位について侵害を受けている。その損害は、払込保険料と保険の現在価値である解約返戻金額との差額である。

死亡保険金の受領権を有することについては、生命保険においては、解約返戻金による利益を取得できる地位と死亡保険金による利益を取得できる地位とが併存しており、現実に死亡保険金と解約返戻金による両利益の取得に向けた行動に出ない限り、保険契約における択一性に反せず、不当でない。

三 一審被告の当審における主張

1 不法行為又は債務不履行責任についての補充

本件保険は、保険料を特別勘定を設けて株式等の有価証券に運用されるので、運用実績によって保険金額、返戻金額が上下に変動するものであり、そのリスクは加入者が負う。しかし、本件保険では、死亡保険金は、基本保険

金額が保証されている。

保険の勧誘には右説明がなされれば足りる。

2 一審原告らの過失

もし、一審原告らが、兵藤の口頭説明に耳を貸さず、交付した設計書や契約のしおりの記載に目も通さずに、したがって変額保険の何たるかを理解せずに本件保険に加入したとしたら、全く無謀としか言いようがなく、非は一〇〇パーセント一審原告らにある。

3 損害について

本件保険契約は解約されておらず、一審原告の主張によっても、現時点で解約すれば損害が発生する可能性があると言うに過ぎない。しかも、経済環境が変われば、解約返戻金が払込保険料を上回って、解約しても損害が発生しなくなる可能性があり、さらに、保険事故が発生すれば、基本保険金が支払われ、一審原告主張の損害は直ちに消滅する。したがって、右のような可能性のみをもって損害とは言えない。

保険料は、本件保険契約が有効である限り、一審原告らが一審被告に支払った報酬であり(商法六七三条)、損害と評価されえるものではない。

理由

一  一審原告らが一審被告との間で、別紙保険目録のとおり、終身型変額生命保険契約を締結し、その一時払保険料を支払ったことは当事者間に争いがない。

二  争いのない事実のほか、甲一ないし四の各1、2、甲一二ないし一七、乙九、九の2、一〇、一三、一九の1ないし8、二〇ないし二二の各1ないし7、証人兵藤トミ子の証言及び弁論の全趣旨によると、以下の事実が認められる。

1  本件保険契約の内容

(1)  この保険契約は終身型であって、解除・解約がない限り被保険者の死亡又は高度障害該当のときまで継続する。

(2)  被保険者が死亡したとき、又は約款別表2に定める高度障害の場合には、保険金が支払われる。保険金の額は、約定の基本保険金と、死亡又は高度障害状態に該当した日の属する月の変動保険金の合計額である。但し、変動保険金額がマイナスの場合は、基本保険金額とされ、保険金が基本保険金を下回ることはない。(約款三、五条)

(3)  保険契約者は、将来に向かって保険契約を解約することができる。この場合は返戻金が保険契約者に支払われる。(同二五条)

解約返戻金の額は、① 基本保険金について、経過年月数により計算した金額と②変動保険金額について、解約返戻金の請求日における積立金額から予定利率によって計算した基本保険金を支払うために必要な金額を控除した金額の合計額である。(同二七条)

解約返戻金は、解約時において、支払うべき金額があるときには支払われるものであり(同二五条)、最低保証はない。

(4)  一審被告は、保険契約の資産(保険料等)を運用するため特別勘定を設定し、一審被告が別に定める運用方法に基づいて運用する。特別勘定資産からの利益及び損失は、変額保険契約のみに割り当てる。特別勘定の資産は、他種の保険等、一審被告の他の資産勘定とは別個独立に運用処分される。保険契約者は、運用方法につき一切の指図はできない。(同一条)

(5)  特別勘定で運用される資産のうち、個々の保険契約にかかわる部分を積立金という(同二条)。積立金に充当される社員配当金があるときは、その元利合計額を含む。(同四条)

変動保険金は、積立金額と、基本保険金額に基づく予定責任準備金即ち基本保険金額を支払うために必要な金額との差額(超過資産)であり、毎翌月の契約応当日に計算される(同四条)。これは、特別勘定の資産運用実績により増減し、マイナスとなることもある。

(6)  保険料のうち、将来の保険金支払のために必要な部分が特別勘定で運用される。右以外の経費として使用される部分等は、定額保険等に関する一般勘定で管理される。

剰余金は、変額保険にも生じるが、定額保険では死差益、利差益、費差益の三つから生じるのに対し、変額保険では、利差益は変動保険金に反映されるので、死差益、費差益のみである。

剰余金は、社員配当金に回されるが、これは、利息をつけて積み立てておき、六か月ごとに積立金に充当され、変動保険金額の計算に繰り入れられる(同二一条)。

2  本件保険における資産の運用方針及び実績

(1)  特別勘定資産運用の基本方針としては、資産の着実な成長と長期的視点に立った収益の確保を目的として安定的に運用するものとされている。とはいえ、定額保険では安全性が重視されるのと異なり、より高い収益を目指して上場株式等の有価証券を中心に運用される。したがって、より高い収益性が期待できる反面、株価の低下や為替の変動等による損失の危険も大きい。

特別勘定資産の実際の運用対象は、国内、外国の上場株式、公社債等の有価証券、貸付金、預貯金等であるが、特に株式が中心となっている。

(2)  本件変額保険の資産運用実績は、契約後、しばらくは利益を上げたが、その後は株価が下落し続けたこと等により、資産額が下落し続け、このため変動保険金額は低下し続けてマイナス状態に陥り、解約返戻金額は、保険料を下回る状態が続いている。もっとも、最近は、株価が多少持ち直したのに伴い、変動保険金額の低下傾向は収まり、解約返戻金額には上昇傾向もみられる。

右契約の変動保険金額、解約返戻金額は、次のとおり変動している(平成八年三月一日につき、別紙保険目録参照)。

(一)の保険

変動保険金額      解約返戻金額

昭和六三年三月一日    九〇万四〇〇〇円    三四〇万六二八七円

平成元年三月一日      九八万五九〇〇円   三五四万四六三八円

平成二年三月一日    一四一万八八〇〇円   三八四万七七七二円

平成三年三月一日      四〇万五九〇〇円   三四八万四六二九円

平成四年三月一日     △九〇万七〇〇〇円   二九四万九九三九円

平成五年三月一日   △ニ〇六万三八〇〇円  二四五万七八二六円

平成六年三月一日   △一八四万〇〇〇〇円  二六四万二五〇四円

平成七年三月一日   △二四九万九一〇〇円  二三六万八九九三円

(二)の保険

変動保険金額      解約返戻金額

昭和六三年一〇月一日  △三二万八四〇〇円   一四七万二九〇五円

平成元年一〇月一日     六一万〇三〇〇円   一六三万二四〇二円

平成二年一〇月一日    △五七万八七〇〇円   一五一万七〇八六円

平成三年一〇月一日  △二〇〇万四三〇〇円  一三六万二六八九円

平成四年一〇月一日  △四五〇万五三〇〇円  一〇四万八六〇八円

平成五年一〇月一日  △四三四万二八〇〇円  一一〇万〇五五八円

平成六年一〇月一日  △四六九万四一〇〇円  一〇七万八九五六円

平成七年五月一一日                     九八万〇一六六円

(三)の保険

変動保険金額      解約返戻金額

昭和六三年一〇月一日  △三〇万一四〇〇円   一四九万八一三六円

平成元年一〇月一日      五五万九八〇〇円   一六六万二八一八円

平成二年一〇月一日    △五三万〇一〇〇円   一五四万七四八七円

平成三年一〇月一日  △一八三万六〇〇〇円  一三九万二一二二円

平成四年一〇月一日  △四一二万五四〇〇円  一〇七万三五二八円

平成五年一〇月一日  △三九七万〇九〇〇円  一一二万九三九〇円

平成六年一〇月一日  △四二八万八五〇〇円  一一〇万九六二五円

平成七年五月一一日                   一〇〇万九二一四円

(四)の保険

変動保険金額      解約返戻金額

平成元年三月一日        九万二九〇〇円   二九五万一〇三五円

平成二年三月一日      五八万三八〇〇円   三二一万〇九九九円

平成三年三月一日     △五七万一七〇〇円  二九一万五〇九五円

平成四年三月一日   △二〇七万四七〇〇円  二四七万二三四一円

平成五年三月一日   △三三九万七八〇〇円  二〇六万四二〇六円

平成六年三月一日   △三一五万一〇〇〇円  二二二万五〇六七円

平成七年三月一日   △三九〇万四五〇〇円  二〇〇万〇五一九円

3(1)  一審原告らは、本件保険契約を現在に至るまで解約していない。

(2)  一審原告清子は一審原告一夫の妻、一審原告高橋真知(契約時は村木真知)は、右両名間の長女、村木真弓は、右両名間の二女である。

一審原告磯田トシ子は磯田八州男の妻である。

三  本件保険契約の後、支払保険料のうち相当部分が特別勘定で運用され、現在までその運用実績が振るわないため、変動保険金がマイナスで、現時点では、保険事故が発生したときの保険金が基本保険金額を上回らず、また解約したときの返戻金が支払保険料を下回っており、この差額を一審原告らは、一審被告の不法行為又は債務不履行による損害と主張している。

一審原告らは、本件生命保険契約につき、無効取消を主張しないから、これは有効なものとして取り扱われるべきものである。そして、一審原告らは、本件生命保険契約を解約していない。そうすると、被保険者に死亡又は高度障害が生じたときは、保険金受取人は、少なくとも基本保険金額として定められた額の保険金を受け取りうる利益・地位を保有すると共に、一審原告らは時期を見ていつでも解約して解約返戻金を受け取りうる選択権をも保有している。

一審原告らは、本件保険契約において、保険金額が基本保険金額を下回ることがあると主張するが、控訴人らが本件契約の約款と認める乙九号証によれば、支払われる保険金額が基本保険金額を下回らないと定めていることは明白である。

このような場合、一審被告のした保険勧誘が違法であったとしても、契約が有効に存続し、一審原告らが契約の存続を希望して解約しない以上、一審原告らは自らの支払った保険料の対価である保険契約上の利益を受ける地位は保有しているのであるから、損害賠償の関係では損害が生じたとすることはできない。

一審原告らは、現在では解約返戻金見込額は支払った保険料の額を下回っている以上、解約して解約返戻金を取得しうる地位について侵害を受けているから、支払保険料と現在の解約返戻金見込額との差額の損害が認められるべきであると主張する。

しかし、一審原告は現段階では解約して解約返戻金を受け取る意思はなくこれを解約しない以上、将来解約返戻金額が上昇、下降することを受け入れねばならぬ地位にあるのであって、現在の時点でその額が支払保険料を下回っている不利益は損害賠償法上現実のものではない。

そのうえ、一審原告らが解約しない以上、将来に保険事故が発生したときには少なくとも基本保険金額の保険金を受け取ることができる利益をも有している。この利益の現価額は基本保険金額を保険金額とする定額の終身生命保険の現在における一時払保険料の額にほぼ等しいと考えられる。この利益の額を考慮せずに、一審原告ら主張のような方法で損害が生じたとすることはできない。

かりにこの段階で損害賠償を認める

とすると、損害賠償の支払により、なお存続する生命保険契約にかかわる当事者の地位について、どのような影響が生じるのかの困難な事態が発生し、到底適切な解決が可能とは考えられない。

一審原告としては、解約返戻金を基準とする損害の賠償を求めるのならば、本件保険契約を解約して契約上の利益関係を確定させたのちにするべきものである。

四  そうすると、本件保険契約にかかわる勧誘が違法であったとの不法行為もしくは債務不履行の有無について判断するまでもなく、一審原告らの本件請求(請求減縮後)は、主位的請求及び予備的請求とも理由がないから、これを棄却すべきである。よって、一審原告らの本件控訴は理由がないからこれを棄却し、原判決のうち、一審被告敗訴の部分を取り消して、右取消部分にかかる一審原告らの本件請求は、主位的請求及び予備的請求とも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井関正裕 裁判官河田貢 裁判官高田泰治)

別紙保険目録

ダイナミック保険ナイスONE

(変額保険終身型)

(一)

(ニ)

(三)

(四)

(1)契約日

昭和62年3月1日

昭和62年10月1日

昭和62年10月1日

昭和63年3月1日

(2)被保険者

村木一夫

村木真弓

高橋真知

(契約時 村木真知)

磯田トシ子

(3)保険契約者

村木一夫

村木清子

高橋真知

(契約時 村木真知)

磯田トシ子

(4)死亡保険金受取人

村木清子

村木清子

村木清子

磯田八州男

(5)基本保険金

700万円

1,200万円

1,100万円

900万円

(6)保険期間

終身

終身

終身

終身

(7)保険料払込方法

一時払い

一時払い

一時払い

一時払い

(8)保険料

3,071,950円

1,719,600円

1,722,270円

3,012,570円

(9)現在の解約返戻金

2,526,507

(H8.3.1現在)

1,047,473

(H8.3.1現在)

1,080,240

(H8.3.1現在)

2,138,112

(H8.3.1現在)

(10)損害

545,443円

672,127円

642,030円

874,458円

(11)原判決認定額

431,113円

443,660円

427,833円

622,341円

(12)不服分

114,330円

228,467円

214,197円

252,117円

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